2007年02月01日

脚本演出家 ごあいさつ

ジャパニーズ発 自然と魂の「和魂洋才」ミュージカル
日本発のミュージカルということが“大命題”であった。
何をして日本なのか・・・。
自分の中にある情緒を信じて、書き始めるしかなかった。
題材はやはり、世情を憂う気持ちから端を発したように思う。

「自分はひとりぽっちなんだ」というような見出しで
自らの命を絶つ若者を考察する記事が夕刊に連載されていた。
人が人の心を支えられない世の中なんて…。
時には弱味をさらけ出して、励ましあえる関係は小説の中だけの理想なのか。
誰かと競い合わなきゃいけないのが、生まれてきた定めなのだろうか。
疑心暗鬼…嫌な言葉だ。信じる気持ちが産出すものこそ真実だと思うのだが。

福知山線の脱線事故も記憶に新しい。
御巣鷹山の日航機墜落事故からは20年の月日が流れていた。
未然に防がなければならないことから、神様の悪戯としか思えないことまで
日常の様々なところで悲劇は突発する、どこかで誕生する新しい命と引き換えに
嘆いても、嘆ききれない悲しみを抱えて生きる人の強さよ。
それは、まさしく自然と共棲している姿なのではないだろうかと、
時の流れは自然の最たる慰めではないだろうか。
大自然を目の前に、適うはずもない人間のちっぽけさは逆に雄大だろう。

「シルフィー」とは風の聖霊の意味である。
奄美大島でマングローブを見に出掛けた展望台で
草木をそよがせて、ひっきりなしに話しかけてくるような風を浴びた、初めて
森が生きていることは、自分とは無関係なところでは知っていたが
すべからくこの世の全てが生きているんだという実感が湧いて、勇気がみえた。
必然的に導かれるようにひとりになった、それがひとりじゃないことを教えてくれた。
気持ちがさざめいて、神経が潤むのがわかった、時間に色気が添えられた。
今にして思えば、先回りした慰めを聴かせてくれたようだった。

大切なことは、やはり目には見えないらしい。
それでも、「ひとりじゃないって信じていいよね」って自然に問いかけたい。
答えを聞きわけようとする事は、必ずしも必要なことではないかもしれないが。

舞台は観る人の胸を熱くして、勇気と希望を与えなければ
ひとは何度でも生まれかわれることが出来る生きものだと憧れて。


荒巻 正(脚本・演出)
posted by sylphy at 10:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | ご案内
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